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LUCY/ルーシー



映画 『LUCY/ルーシー』を理論的(?)に考えると実は超面白い件



一風変わった映画を理論的に考えてみます。

今回は2014年公開の『LUCY/ルーシー』

ネット上で感想を見てみると、理論的に考えるとツマラナイ。とか、この映画にリアリティを求めるべきではない。とか、脳が進化したからって、物理法則を無視できるのはおかしい。突っ込まなければ楽しい映画。
・・などなど、ごもっともな意見がチラホラ。

主人公ルーシーは、ある窮地と偶然から”脳が覚醒”し、科学的に説明の付かない事まで次々と起こしていき、終いには時空を超越して人類や宇宙の起源に迫り”神”とも呼べる存在になっていく。

確かに結構ブッ飛んだ映画、と言うのが一般的な感想だと思いますが、自分の感想としては・・・
『これ以上、リアリティのある映画は他に無いのかも知れない』と感じた。勿論「かも知れない」ってのがミソ。

だいたい、物理法則とか理論って言うのは、自分が思うに誤解を恐れずに言うならば『究極の思い込み』に過ぎないと言うこと。
科学的におかしいだろとツッコむ前に、あなたは科学というものに対してどれだけツッコミを入れたくなった事がありますか?という事なんですね・・・。
 リュック・ベッソン監督は脳科学者など色々な分野の学者達の論理や意見を聞いて映画を作った。と誰かが書いてましたが、なるほど納得です。しかし科学を盲信する人には(それが普通でしょうけど^^;)、それでこの支離滅裂さかよ!とツッコミを入れたくなるんでしょうね。

この映画に対してツッコミを入れたくなるイライラも、科学というものに対し少しだけメスを入れてみると和らいで実は面白いじゃん!となるかも知れませんよ!

ウィキペディア「因果性」のページには次の様な一文が登場する。
・「全ての出来事には原因がある」と「因果律」という考え方を採用するということは、宇宙全体の性質に関して、検証も無しに、形而上学的に非常に強い主張をしてしまうことになる。

『「因果律」という考え方を採用』と言うのは、簡単にいえばこういう感じかな。
人類の長い歴史の中で、全ての出来事(結果)には(物理法則に従った)原因があり、例外は無いっぽいので、原因が無い結果(超常現象的、神様の奇跡的な事)は無いんじゃないか。
ゆえに、現代の科学では物理的領域の因果的閉包性(物理法則、理論)は基本的な前提とされる。

しかし、そこに一石を投じた学問が20世紀初頭に登場した『量子力学』。

原因が同じでも結果が(確率的に)異なる。ことがある事を、この世の中に存在する事が示された。
つまり、「結果が異なるという結果に対する原因が無い」と言う事。

んなアホな・・・。オカルトだね。オカルト。

かの有名なアインシュタインはこれを、「神はサイコロを振らない」と言って、何か不明な原因があるはずだ!と言って「隠れた変数理論」を提唱したが、これも「ベルの定理」によって否定されている。
厳密な決着は未だ着いていないらしいけど、最新の科学は”オカルト的な方に軍配を上げつつある。
一般的な感覚からすると、アインシュタインに軍配を上げたくなりますよね。
科学的にどう考えてもおかしいだろ!って・・・。

この辺はyahooの知恵袋でベストアンサーしてる人がわかりやすく説明しているので、そちらも参考に。

おおかたの一般人が恐らく思っている、物理法則や科学的”常識的”な考え方は「古典物理学」と呼ばれるらしい。
「古典」っすよ。古いのか・・。

普通、古典物理学的な考え方を基本的な前提とする事で不都合は生じないし、それを前提とて、人間は数えきれない便利なツールの数々を開発してきた訳なので、それを前提としたままで良いじゃないか!と思うところなんだけど・・。
(しかし、確率的に結果が異なる量子力学をも文明の発展に役立てている(らしいw)。と言うもの人間の凄いところだと思う。)


それがワザワザ浮かび上がってくる議題の一つが、『人の心』(脳?)というものを議論する時。
誰もが、直感的にわかりやすいのが、物理法則や科学的な考え方の範囲内に『心』が収まるのか?という問題を考えた時。

現代の人類の英知がそこまで及んでいないだけで、科学的に『心』の説明がつくとするならば(収まるとすれば)、それは本質的にロボット。という事になると思うんだが・・。

『心』の中心は『理屈』じゃないと思いたいよね。

少なくとも、人間には「現象的意識」や「クオリア」と言って、「楽しい」「嬉しい」とワクワク”感じ”たり、「辛い」「きつい」と”感じ”たり、これは赤いと”感じ”たりする『感じる』事は、科学的なものに還元できないのではないか。と言われている。
この『感じる』というものは、量子力学の問題のように『因果律』が破綻する可能性を秘めている。
物理学的に、こういうった『感じ』る原因はあると言う事は容易に予測できるけど、『何故感じる』かはわからない。
これに関しては『量子脳理論』と言うものもあるそうだ。


LUCYに話が戻ってくるが、単純に「古典物理学的な挙動の振る舞いをする脳が覚醒していく」と言う意味だけで映画を見た時、冒頭の「理論的に考えるとツマラナイ」・・・。
という感想は当然ですよね。
しかし、「古典物理学的な挙動の振る舞いをする脳」と平行して、古典物理学の考え方に収まらない『感じる』とかの『心』のスペックまで覚醒していくとしたら・・。

映画の描写の中で、覚醒した後のルーシーは「すべてを”感じる”」とか「人間的な心が失われていく」と言った表現を使う。
現代の科学でも得体の知れない『心の中心』的な何かが覚醒していく話だとしたら、そんなものが『古典物理学』の考え方の範囲に収まるのは逆に不自然だという感じがした。

故に、最後には”時”すら操り、逆説を解消する全能者のように「神」っぽくなるのは、「ま~、そうなっても全然自然だよね~・・。リアリティあるかも知れないよね~。」というのが感想だった。

実際、「この世の中」って、科学だけじゃよくわからん・・のが実情なわけで、探せば実に色々なものが見つかる。

理論的に考えると・・・
リアリティが・・
物理法則が・・・

という意見の一方で、この映画、結構人気あるみたいですね。
個人的に思うに、恐らくこれって『究極の謎』に直結してるんだと思う。
みんな、それぞれに『心』っていう非科学的なものかも知れないものを1mmでも感じている反面、全てが古典物理学的な法則に支配されたかのような世界で生きているので、そう言うもののリミットが外れると・・という爽快感があるんだと思う。
結局は、どっちが正しいかなんて解らない。
自分としては、物理法則=絶対とは思えないところがあるので、この映画は素直に楽しめた。

肝心の俳優陣も、それぞれにかなり良かったと思う。主演のスカーレット・ヨハンソンの覚醒前、覚醒後の落差凄いし、モーガン・フリーマンの安定感。冒頭のマフィアのボスとか、存在感パねぇわ。
個人的には、刑事役の見た目ゴツイのに「俺ってなんか役に立つの??」的な発言が印象的だった。



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