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社会風刺、飲食チェーン店のワンオペやD&Iにみる

契約雇用スタイルは崩壊しつつあるのでは??


 朝食に寄った、某牛丼チェーン店でふと思った事。

どの系列と言うわけではなく、どの系列でも・・たまに朝、ワンオペのところがある。
ワンオペとはワンオペレーションの略で、店員一人で店の切り盛りをしている状態を指すらしい。

そして、店内の様子もよく観察せず、普通に注文したあとで”しまった!・・”と思うのだ。
気づけば店員は一人。まだ食事を始めていない(待っている)お客がボチボチ居る。
10分以上は軽く待たされる。店員さんが一人でワヤである。テンヤワンヤである。

最近では、注文する前に状況をよく確認して、上記の様な状態であれば、即退店する。

店員も同じ時給なのに・・・と憤慨しているに違いない。
私自身も昔、飲食店ではないが接客業を長くやっていた。
店舗に来店する客数に対して、店員の数が異様に不足している時が稀に発生する。
不運な欠勤が重なったり、何かの突発的な要因などで予想を超える客数が来店したりであり、このようなランダムな要素はどうしても避けられない部分がある。
大規模店舗なら店員数自体も多く安定するのだろうが、中小規模の店舗だと異常に偏る事もあるというわけだ。
そんな中で、ランダムな要素を見越して保険をかけて店員数を多めに配置するとなると、企業側の人件費が嵩む。

多めに配置すると本当に経営が切迫するのか。企業側が人件費をケチってブラックな事なのかは謎だが、”ワンオペ”でググって出てくる記事を見ると、店員一人が奴隷の如くこき使われ、経営者がひとでなしの様に思えるのは無理のない事だ。

思うに、こう言った店舗経営のスタッフは「一人あたりの時給制」ではなく、「対客効果の分配報酬制」にするべきである。
表現が適当かわからないが、まぁ適当なのでその辺りはご容赦頂きたい。

現行主流になっている時給、給与の形態では、雇っている企業側も雇われているスタッフ側の双方にとってあまり望ましくないシステムになってきていると言わざるを得ない。

店員にしてみれば、客なんか一人も来ない方が良いのである。
「時間」に対する手当であるので、客がどれだけ来ようが店が儲かろうが関係ない。
逆に、企業側にしてみれば、極端に言えば店員一人でとてつもない客を捌き、莫大な利益をあげてくれる方が良い。おまけにボランティアであれば最高である。

雇う側と雇われる側では、本音のベクトルは真逆だ。

しかしそれでは話にならないので、店員一人ひとりの働きを評価するわけだが、それは間接的であり人間のさじ加減であり曖昧である。
昔は特に社員などは終身雇用の時代があり雇い主の評価のさじ加減が多少曖昧であっても、雇い主と労働者との間にはそれなりに”信頼関係”があった。
しかし、世の中は半永久不景気状態とでもいうべき時代が続き、終身雇用も昔の話。信頼も薄れている事は事実ではないだろうか。
トドメは、非正規雇用の割合が大きくなり安定を求めて社員になりたい。と言う始末である。
すべての会社がそうだとは言わないが、会社と社員の信頼関係も薄れたこの時代にそこまでして、しがみつこうとしているものは何なのか?一度冷静に考えた方がいいのではないだろうか?本当に大事な事は社員になる事なのか?手段が目的になってはならない。
数年前、私が勤めていた会社の社長が「ろくな人材が集まらない」とボヤいていたが、それは「ろくな勤め先がない」からだ。と内心思ったものだが、どちらが悪いわけではなく、世情を見れば仕方ない傾向と言えるのかも知れない。

話が脱線したが、企業側に取っても現行主流の雇用形態はギャンブルのような気がする。
「対客効果の分配報酬制」とは、つまり「売り上げに対する人件費」を先に決めてしまうのだ。なので雇用契約ではない。
こうすれば、客が一人も来なかったら、その時の店員の給与は0である。
対して、ワンオペの様な悲惨な状況でも、普通なら数人のスタッフでやるくりするのだろうから、本来その人数分の人件費はまる儲けだ。状況は悲惨でも報われるというものだろう。
店員もある程度「個人事業主」の感覚を持つ事を強いられるので、どうやったら売り上げが増えて自分の手取りが増えるか?色々考えるし、何もないよりはやる気もでる。雇う側と本音のベクトルは根幹の部分から近づける事はできる。
企業側から見ても「雇われ根性」の従業員より余程良いだろう。

私ごときが思いつく事が実現されていない背景には勿論、色々な問題があるのだろうと思う。
これは完全な成果主義の考え方だが、繁盛店とそうでない店舗や個人の努力では限界のある不平等も発生する事は容易に予想できる。

乱暴な案だが、雇用契約は言わば共産主義に近い。

世界的に共産主義体制の国家が次々と瓦解して久しいが、資本主義国家の会社という組織内は「共産主義」に類似している。
昨今のワーキングプア問題の原因もこの古いシステムによるものも大きな原因ではなかろうか。

そして、最近では色々な企業でD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)という活動もある。
「ひとりひとりの多様性を認め、それぞれの強みを生かして、周りと連携しながらひとつの目標に向かって活動し、成長していく」
と、こんな感じの取り組みだそうだ。

私が現在お世話になっている会社でもD&Iに重きを置いているようで、数ヶ月前に具体的な取り組みの時間を割いていた。
「リラックスした状況でお互いに自由な意見を出し合い、活発に生産的な意見を出し合う」というものであった。
確かに、その時は皆自由に意見を述べていたが、取り組みを離れればそれまでである。
あとは、個々がもつその仕事に対しての「やりがい」であったり「意識の高さ」、根幹の部分ではライフスタイルに依存する。

D&Iは経営者同士のリラックスした時間の話し合いから自由な発想が生まれた事がルーツらしい。

D&Iは経営者の話であり、資本主義の話である。
国や社会は確かに資本主義だが、会社組織内部、労働者の置かれた環境は共産主義である。
昔は「大量生産」一辺倒の時代があり、ある程度、労働者は上層部の言う事をただ聞いて働いていれば良かった。
しかし、消費者の求めるニーズは時代と共に多様性を見せ始め、必然的に企業側もその対応に迫られ、昔ながらの共産主義っぽい意識を持った従業員の意識改革に迫られる事になった。また、働く側も時代とともに働き方の多様性を見せはじめた。
D&Iはそうした流れから、形となった対応モデルと言っても良いかも知れない。

しかし、D&Iの理念や考え方のそれ自体は素晴らしいものではあるが、根幹の部分では労働者には全く意味が無い。
雇用契約である以上、業務の一環として取り組み、その取り組みを離れれば機能しない。ごく自然な流れなのだ。

資本主義経済の中の瓦解しかけの共産体制・・・
D&I自体を否定する気は全くないし、なんとか従業員に自由な発想で個々のポテンシャルを引き出してもらい、社に貢献してもらいたい。と言う積極的な取り組みは見事ではある。
しかしながら、それを現行主流の雇用形態の組織の中で言われても薄っぺらいと言わざるを得ない。・・・
なぜなら、人間の行動原理、性質をある意味無視しているからである。
勿論、この時代の流れの中、いまだに「雇われ根性」の労働者にも問題はある。とは言いつつ、雇用形態自体の利点も勿論大きいものはある。

雇う側も雇われる側も、もっと本質と根幹を見つめなおす必要があるのではないか?と言いたい。

D&Iの理念や考え方は「会社」と言う枠の中ではなく、それぞれ「個人・ライフスタイル」に対して事必要なのではないだろうか?

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