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量子力学を義務教育でやるべきだ


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量子力学 という分野の学問をご存知だろうか。

テレビドラマ「ガリレオ」は結構人気を博した。
福山雅治さん演じる湯川というキャラクターは物理学の教授という設定だが、テレビドラマでは、彼が「量子力学」の学会(?)に出ていたり、専門はその分野?と思わせるシーンが何度か登場した。

彼が何か閃いたとき、近くの床や壁に意味不明な数式を書くシーンが登場するが、あれは量子力学の数式らしい。

面白いのは、決め台詞の一つである「全ての現象には必ず理由がある」というものだ。

一見、科学的に常識すぎると思われるこの考え方は、「古典物理学」と呼ばれる。

表現を変えるなら「因果関係」ひいては「因果律」とも呼ばれる。

「原因」と「結果」

「結果には必ず原因がある」というこの考え方は、「全ての現象には必ず理由がある」という事と等しい。

ドラマの決め台詞の何が面白いかというと・・・
その決め台詞そのものを、量子力学は”否定する可能性”を秘めている。
というところにある。

ミクロの世界の原子の挙動(つまり量子力学の世界)については古典物理学の法則は通用しない。

勿論、ミクロな世界においても「原因」と「結果」は存在するが、ひとつの「原因」に対する「結果」は確率的に異なる。

普通、古典物理学の考えでは、この「確率」にも大小含め様々な要因が加味されているはずで、突き詰めれば、純粋な意味での「確率」は存在しないはずだ。

「全く同じ条件では全く同じ答え」が返ってくる。のが常識的だ。

しかし、何故そのような確率的に結果が異なるか?に対する「原因はない」。

かの有名なアインシュタインは、これを「神はサイコロを振らない」と言って否定した。

普通に考えて、湯川教授の「全ての現象には必ず理由がある」という台詞が確かなら、確率的とは言え、なぜ異なる結果になるのか?を追求するはずである。

しかし、現在のところ、「原因」はない。のである。

「古典物理学」の考え方は、この世界観を突き詰めて考えていけば、16世紀のフランスの数学者、ピエール・シモン・ラプラスの「ラプラスの悪魔」と呼ばれる「決定論」的な考え方に繋がっていく。

宇宙を徹底的に科学的に考えたら「宇宙が始まった時に全部決まっていた」というものだ。

それらをすべて把握しているものを「神」、人間には計り知れない、そのひとつひとつの事柄を「運命」と呼んだりもする。

量子力学が登場する100年ほど前まで、そのような考え方が”常識的”であったが、この分野の登場で状況は一変した。

しかし、現代の一般人は「古典物理学」の法則(だけ)で世界が成り立っていると思っている人が多い。

これは「地球が平だ」と思っているくらいの誤解だと私は思っている。

大学で量子力学を学ぶ人など、専門性がある人以外には直にこの学問に触れる機会はあまりない。

なぜ、この話を出しているのかというと、この誤解が現代人の「心のゆとりの無さ」や「視野の狭さ」「メンタルの弱さ」の原因の一因になっていると痛感するからである。

五感に感じない事や、自分の感情や心的な事柄に対して「スピリチュアル」的な事へ答えを求めたり、各医療への「古典物理学」的な手法へ解決を求めたりもする。

もちろんそれらは、素晴らしい考え方であったり技術であったりする。
しかし、どこか、どれもモヤっとしている。

「量子力学」には、そのモヤっとを解くキーワードが隠されている。

メンタルに問題を抱えている中高生は、いつの時代も少なくないかも知れない。

自分もその頃、クラスメイトと「数学や物理なんかで習う事をまとめると、世の中って隅々まで科学的じゃん。

「世の中って、初めから終わりまで全部決まってるんじゃないか?」
「なんだか息苦しい世の中だな」

という会話をした。
その頃はラプラスの悪魔という言葉は知らなかったが、同じ境地に辿り着いた。

彼らにこそ「量子力学」は必要だ。
しかし、言うまでもなく、「量子力学」の扱う、理論や数式は難解だ。
「義務教育でやるべきだ」というのは、難しい話をしろと言っているのではなく、「地球が丸い」事くらい、義務教育で教えろよ。という事である。

「道徳」で使う概要だけでも、そこに触れる価値は「量子力学」には十分にある。
難しい話に踏み込まなくても様々な角度から、その「根拠」に迫る事は可能だ。


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